20XX年4月、激しい腹痛に襲われたAさんは、かかりつけクリニックで紹介されたがん拠点病院を受診した。検査の結果は進行性の胃がん。治療方針について話す担当医の言葉に、Aさんは愕然とした。



担当医 「進行しているので、早急に切除したほうがいいでしょう。医学的には抗がん剤による化学治療も勧めたいのですが、健康保険が高価な抗がん剤の使用を認めてくれるかどうか……」

Aさん 「抗がん剤は、健康保険がきかないのですか?」

担当医 「以前は、健康保険で必要な治療は誰でも差別なく受けられたんですよ。でも、数年前、日本もTPPに参加したでしょう。あれがきっかけになって、健康保険の審査業務にアメリカの保険会社が参入してきたんです。彼らは経済原理ですべてを判断するから、医師が必要な治療だと言っても高価な抗がん剤治療の使用はなかなか認めてくれなくてね。まったく、政府もバカな判断をしたものです。とりあえず、彼らがなんというか問い合わせてみましょう」



そういうと、担当医はAさんの健康保険の審査をしているB社に電話をかけた。担当医は、Aさんには手術に加えて抗がん剤治療が必要なことを訴えたが、B社の査定員の答えは非情なものだった。



査定員 「治療実績から判断して、Aさんのような進行性のがんに抗がん剤使用は許可できません。お支払いできるのは切除術に関する費用のみです」



査定員は事務的にそう言うと電話を切った。担当医は肩を落とし、Aさんにこう切り出した。



担当医 「やはり健康保険では抗がん剤治療は認められませんでした。抗がん剤治療を希望されるなら全額自費になりますが、どうされますか?」



日本がTPPに参加したことが、自分の病気にこんなふうに降りかかってくるとは……。零細企業に勤めるAさんに、全額自費の抗がん剤治療を受ける経済的な余裕はない。Aさんは担当医の問いかけに力なく首を横に振った――。



このシナリオは、日本が「TPP(環太平洋経済連携協定)」に参加したあとに訪れる日本の医療の姿を、筆者が予測した近未来予想図だ。

TPPというと、関税撤廃による農業や工業への影響ばかりが取り上げられるが、医療をはじめ私たちの暮らしを根底から変える危険がある貿易交渉だということはあまり知られていない。

posted 4ヶ月前